「人形の家」(イプセン)①

第三幕で彼女の望んだ奇跡とは?

「人形の家」
(イプセン/矢崎源九郎訳)新潮文庫

頭取に昇進した
ヘルメルの妻ノラは、
三人の子どもに囲まれ
幸福な日々を送っていた。
ある日、銀行員クログスタットが
訪問する。彼はその
素行の悪さから、契約を
打ち切られようとしていた。
そしてノラは
ある弱みを握られる…。

ノルウェーの劇作家・イプセンの
代表作である本書は、
近代劇の出発点となった
記念碑的作品です。
そして19世紀後半に盛り上がった
女性解放の思想が
色濃く反映された作品でもあります。

「第一幕」
ノラは夫ヘルメルの病気療養の費用を、
夫に内緒で
クログスタットから借りたのですが、
ある事情からその証書を
不正に作成してしまいます
(いわゆる文書偽造)。
ヘルメルから解雇されようとしていた
クログスタットは、それをネタに
解雇取り消しを求めたのです。

「第二幕」
借金も不正も嫌いである夫ヘルメルに、
ノラはそのことを
打ち明けられませんでした。
ヘルメルはクログスタットへ
解雇通知書を送付。
クログスタットはついに
脅迫の手段に出るのです。

ここまでは、ノラは無邪気でかわいい、
そしてか弱い存在として
描かれています。
それが第三幕では大きく変容します。
自分の運命を受け入れるとともに、
夫ヘルメルとしっかり対峙し、
自立への決意を実行に移します。
二幕目までとは違い、
凜とした姿勢であり、
確固たる意思を持った一人の人間として
私たちに語りかけてくるのです。

この大きな変化に
違和感を覚えるかも知れません。
しかし、ノラはただひたすら
「奇跡」が起こるのを
期待していたのです。
その「奇跡」とは、
この一件の無事な解決ではありません。
第三幕での彼女の大きな変化と
彼女の望んだ奇跡とは…。
ぜひ本書を読んでほしいと思います。

夫に望んだ「奇跡」が起きなかった
その一瞬で、彼女の愛は
一気に冷え切ってしまったのです。
夫は妻に常に理想を求める。
でも妻は夫にただ一度だけの
理想を求めたのです。
それが叶わなかったとしたら…、
ノラの行動は理解できます。

夫のみならず、子どもまで捨てて
家を出るノラの姿は、
女性の立場から
どれだけ受け入れられているのか
知りたいところです。
現代では女性解放の視点からではなく、
人間の尊厳の回復の視点からこの作品を
考えてもいいのではないかと思う
今日この頃です。

(2020.7.20)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

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